クリエーティブディレクションとブランディングは、単なるデザインや広告制作ではなく、企業や地域が持つ本質的な価値を見つけ出し、社会へ伝えるための重要な経営活動。エグゼクティブプロデューサー・多田ヒロト氏 × クリエーティブディレクター・八木泰介氏が対談。ブランド価値を高めるための考え方や、クリエイティブが組織や地域にもたらす可能性について解説。

八木: 多田さん、こうやってちゃんと向き合って話すのは、なんか照れますね(笑)。
多田: ほんとに。いつもは現場で「どうする?」「こうしよう」って言い合ってるだけやから(笑)。でも改めてこうやって言葉にするのも大事ですよね。
八木: 電通時代、どれだけ一緒に仕事したかな。国内はもちろん、海外にもたくさん行きましたよね。
多田: 深夜のロケ地で「なんでこんなところにおるんやろ」って笑いながら打ち合わせしてましたよね(笑)。あの経験は、ふたりにとって大きかったと思う。
八木: 海外ロケって、トラブルの連続じゃないですか。現地のスタッフとの言葉の壁、天候、イメージと全然違う景色……。そういう状況の中で、「このCMで何を伝えなければならないか」という核心に立ち返るしかない瞬間が何度もあった。
多田: そうそう。余計なものが全部剥がれる。スタジオで完璧に作り込む環境とは真逆で、「これだけは譲れない」という一点だけが残る。あの感覚が、ブランドの核心を見つける訓練になっていたと思います。
八木: 今日はそういう現場を一緒に歩いてきた多田さんと、クリエーティブディレクションとブランディングの関係を改めて言葉にしたいと思っています。よろしくお願いします。
多田: こちらこそ。長年一緒にやってきたからこそ、言えることを話せると思います。

八木: まず率直に聞きますが、「クリエーティブ」と「ブランディング」って、現場でずれていることがありますよね。多田さんはそのずれをどんな場面で感じますか?
多田: 一番よくあるのは、「面白いCMを作ろう」が目的になってしまうケースです。映像として完成度が高い、話題になった——でも見た人がその会社のことをどう感じたか、次の行動につながったかが抜け落ちている。クリエーティブが「作品」になってしまって、「ブランドの言葉」になっていない。
八木: それはクリエーティブ側だけの問題じゃなくて、クライアント側にも原因がある気がしますね。「いいものを作ってください」と丸投げされると、クリエーターが「何のために作るか」を自分で決めなければならなくなる。
多田: だから僕はいつも、制作に入る前のヒアリングにとことん時間をかける。「このCMで、誰に、何を感じてほしいか」「翌日にお客さんにどんな行動をとってほしいか」を徹底的に聞く。そこが曖昧なまま撮影に入ると、どれだけ映像が美しくてもブランドを育てる仕事にならない。
八木: シンガポールの時だったかな、多田さんが本番前日の夜に「明日、何を撮りに来たのかを全員で確認しよう」って言ってたの、覚えてますか。あれがまさにその話で、何千万もかけて現地まで来て、ただ「きれいな映像を撮る」じゃ絶対にいけないという覚悟だった。
多田: 覚えてます(笑)。あれはたぶん、香川の企業が海外ロケに踏み切った仕事で、クライアントの覚悟に応える責任があった。「なぜここまで来たのか」を問い続けないと、映像がただの絵になってしまう。

八木: 「育てる」という言葉に触れたいんですが、僕はブランドは作るものではなく育てるものだと思っていて。クリエーティブはその育て方にどう関わると思いますか?
多田: TVCMで言うと、一本の映像で何かが劇的に変わることはほとんどないんです。ブランドって、何年もかけて同じトーンで、同じ価値観で、少しずつ積み重ねていくことで育っていく。だからクリエーティブディレクターの仕事は「一本の傑作を作る」よりも、「ブランドの一貫したトーンを守り続ける」方が、実は重要だと思っています。
八木: 「一貫性」こそが、ブランドを育てる最大の水やりですよね。多田さんは四国化成や百十四銀行、STNetなど、同じクライアントのCMを長年作り続けている。その継続性の中で見えてくるものはありますか?
多田: 長くやっているクライアントは、だんだん「何を言わなくていいか」がわかってくるんですよ。初期は「これも伝えたい、あれも伝えたい」と欲張りがちなんですが、ブランドが育ってくると、シンプルな一言の方が刺さるようになる。百十四銀行の「源内」篇や「ことでん」篇は、銀行の機能をほとんど説明していない。でも見た人の心に「この銀行は香川の文化と歴史に根ざしている」というイメージが自然に育っていく。
八木: それはまさに、クリエーティブがブランドを育てている瞬間ですね。説得ではなく共鳴。機能の訴求ではなく、世界観の体験。あの「ことでん」篇は、電車の映像を通して百十四銀行の140年という時間を感じさせる。ブランドの時間軸そのものを映像にしていた。
多田: そうです。あと長く一緒にやっていると、クライアントの社内にも「うちのブランドはこういうものだ」という自覚が育ってきます。僕たちのCMを通して、クライアント自身が自分たちのブランドに気づいていく。それが一番うれしい瞬間です。
八木: クリエーティブディレクターとブランドディレクターの役割の違いも整理したいんですが、多田さんはその境界線をどう考えていますか?
多田: 正直、ずっとその境界線に悩んできた(笑)。映像を作る人間として「表現を決める」のがクリエーティブディレクターだと思っていたけれど、長くやっていると「表現を決める前に、何を表現するかを決める」ところまで関わらないといいものが作れないとわかってきた。
八木: 全く同じ経験をしています。電通時代、クリエーターとして入った仕事が、気づいたらクライアントの経営会議に同席していた、ということが何度もあった。多田さんとの仕事でも、撮影前の夜に「このクライアントは本当は何がしたいんやろ」ってふたりで話し込んだことが何度もあったよね。
多田: ありましたね。ロケ地のホテルのロビーで、深夜まで(笑)。でもあの時間が、翌日の撮影を根本から変えることがあった。「何を撮るか」より「なぜ撮るか」の答えが出てから現場に入ると、スタッフ全員の意識が変わる。
八木: それはそのまま、ブランディングの本質と重なる。「何をするか」より「なぜするか」——WHYが先にある組織は、クリエーティブチームも強くなる。
多田: 逆に言うと、経営の話ができないクリエーターは、ブランディングに本当の意味で貢献できない気がする。映像の美しさや企画の面白さだけで勝負しようとすると、どこかで限界が来る。それに気づいたのは、八木さんとたくさん仕事をしてきた中で、「クリエーターが経営の文脈を持つとどう変わるか」を間近で見ていたからかもしれない。
八木: 照れますね(笑)。でもそれはお互い様で、多田さんの「ブランドの核心を映像一本に絞り込む」という現場の鍛え方から、僕もブランディングの純度を学んだと思っています。
多田: 地方という文脈で言うと、僕はずっと香川を拠点にして首都圏に移らずにやってきた。地元の企業のブランドを育てることへの愛着が、その理由に尽きるんですけど。
八木: グローバルで活躍しながら、拠点は高松、というのが多田さんらしい(笑)。世界を見ているけど、根っこは地域にある。それ自体が、ブランドの在り方と同じですよね。
多田: 地元のクライアントは予算が潤沢じゃないから、「これで全部伝えなきゃ」という切実さがある。その切実さが、クリエーターを鍛えるんです。限られた尺、限られた予算の中で、ブランドの核心を一つだけ表現する——その訓練が、本当の意味でブランドを見抜く力になる。
八木: 「削ぎ落とした先に残るもの」が、そのブランドの本当の核心。制約がブランドを育てる。海外の現場で予期せぬトラブルに直面したとき、その「一つだけ」が研ぎ澄まされる感覚は、ふたりで何度も経験しましたよね。
多田: 計画通りにいかないときこそ、「これさえ撮れれば」という核心が浮かび上がってくる。あれは現場でしか学べない感覚です。
八木: 最後に、プロデューサーとしてブランドを育てる上で、一番大切にしていることを一つ挙げるとしたら?

多田: 「クライアントより、そのブランドを愛すること」です。クライアントの担当者より、そのブランドのことを好きでいる。「このブランドらしくない」と言える人間が現場に一人いるかどうかで、ブランドの育ち方が全く変わる。それがプロデューサーの本当の役割だと思っています。
八木: 「ブランドの庭師」であると同時に、「ブランドの番人」でもある。その愛情と覚悟が、長期にわたってブランドを育て続けるエネルギーになる。
多田: 地方にいると、作ったCMが実際に流れて、地元の人が見て、クライアントの社員が誇りを感じてくれる瞬間がある。その反応が直接返ってくるのが、地方のクリエーターの特権だと思っています。育てているのが、ちゃんと実感できる。
八木: 一緒に海外まで行って撮ってきた映像が、地元の人の心に届いている。あの瞬間の喜びは、どの賞を取るよりも大きいですよね。長い付き合いだからこそ、改めてそれを言葉にできた気がします。今日はありがとうございました。
多田: こちらこそ。いつまでもこういう話、続けましょう(笑)。ありがとうございました。



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