デジタル時代のブランディングを語る── デジタルマーケティングの専門家・山口ユウジ × クリエーティブディレクター・八木泰介

AI

デジタル時代のブランディングは、「管理するもの」から「生態系の中で育つもの」へと変化した。SNSやレビューなど企業が関与できない情報が影響力を持ち、ブランドは消費者やアルゴリズムの中で形成される。一方で、デジタルは配信や分析の精度を高めたが、短期的な成果に偏るとブランドの本質が損なわれるリスクもある。

AIは最適化や効率化に強みを持つ一方で、ブランドの「意志」や「物語」は人間にしか生み出せない。コンテンツの均質化が進む中、人間ならではの独自性や感情を動かす表現の価値はむしろ高まっている。今後は、データを活用しつつも人間が方向性を握り、デジタルとリアルの両面からブランドを長期的に育てることが重要である。デジタルマーケティングの最前線を走り続けている山口ユウジ氏と クリエーティブディレクター・八木泰介氏が対談。

八木: 山口さん、今日はよろしくお願いします。電通西日本での同僚という時代から、今はリージョングロースパートナーズ(RGP)で一緒にやっているわけですが、改めてこうして向き合って話すのは新鮮ですね。
山口: ほんとうにそうですね。電通時代は同じ社内にいながら、八木さんはクリエーティブ、僕はデジタルマーケティングで、ちょうど交わりそうで交わらない領域にいた気がして。でも今は同じテーブルで議論できていて、それがRGPの面白さだと思っています。

デジタル時代のブランディング


八木: 今日のテーマは「デジタル時代のブランディング」なんですが、まずデジタルマーケティングの最前線にいる山口さんから見て、ブランディングの環境ってこの10年でどう変わりましたか?
山口: 一言で言うと、「ブランドが管理できない情報が爆発的に増えた」ということだと思っていて。以前は企業がコントロールできる情報——テレビCM、新聞広告、自社サイト——が、消費者のブランド認知の大半を占めていたんですよね。でも今は、SNSの口コミ、レビューサイト、比較記事、インフルエンサーの発信——企業が一切関与していない情報が、検索結果の上位を埋め尽くしている。消費者が商品を調べるとき、まず企業の発信ではなく、他の消費者の声にたどり着く時代になったんですよ。
八木: それはブランドを育てる側から見ると、非常に根本的な変化ですよね。昔は「種を蒔く場所」が限られていたけれど、今は無数の場所で、自分たちが関与できないところでブランドの物語が語られている。
山口: そうなんです。だから「ブランドを管理する」という発想自体が、デジタル時代には少し古くなってきているんですよね。ブランドは管理するものではなく、生態系の中で育つものになってきた、という感覚があって。
八木: 「管理」から「生態系の中で育てる」へ——それは僕の「ブランドは育てるもの」という考え方と、デジタルの文脈でつながる話ですね。

ブランドは生態系の中で育てる

山口: ただ、デジタルがブランディングにもたらしたのは複雑さだけじゃなくて、「精度」でもあるんですよね。以前は「誰に届いているかわからない」テレビCMが主戦場だったのが、今はSNSやSEMを使えば、「誰に、いつ、どんなメッセージが届いたか」が数字でわかるんですよ。
八木: その「数字でわかる」というのが、ブランディングとどう噛み合うんでしょう。僕はどちらかというと、ブランドは数字で測りにくいものだと思っているので。
山口: ここが面白い交差点で。デジタルマーケティングの世界では、クリック率、コンバージョン率、ROAS——とにかく数字で判断する文化が強いんですよ。でもそれを突き詰めていくと、「今日売れたか」は測れるんですが、「この人が来年もまた買ってくれるか」は測れない。LTV(顧客生涯価値)という概念で近づこうとするんですが、それでも「なぜこのブランドが好きか」という感情の部分は、数字の外にあるんですよね。
八木: つまり、デジタルはブランドの「果実」は測れるけれど、「根っこ」は測れない、ということですね。
山口: まさにそうで。短期の数字だけを追いかけていると、ブランドの根っこを枯らしながら果実だけ採り続ける、という状態になってしまうんですよ。これはデジタルマーケティングの現場で実際によく起きている問題で。広告を最適化し続けた結果、売上は出るんだけどブランドとしての世界観がなくなっていく、という会社を何社も見てきました。
八木: それはまさにブランディングとデジタルマーケティングが「別の部署の仕事」になっているときに起きる問題ですよね。片方が根を育て、もう片方が果実を採るだけになってしまう。

AIがブランディングに与える影響

八木: 今日もう一つ深く話したいのが、AIがブランディングに与える影響なんですよ。山口さんはデジタルマーケティングの最前線でAIと向き合っていると思いますが、人間の思考や嗜好に対してAIはどんな影響を与えていると感じていますか?
山口: これは本当に深い問いで。まず「嗜好の形成」という観点で言うと、AIはもうすでに人間の好みを「作っている」側面があると思っているんですよね。Netflixのレコメンデーション、SpotifyのDiscover Weekly、InstagramやTikTokのフィードアルゴリズム——これらは「あなたの好みに合わせたもの」を届けているようで、実は「あなたが次に好きになるもの」を予測して、その方向に嗜好を誘導しているんですよ。


八木: 嗜好を「反映」するのではなく、嗜好を「育てている」とも言えるわけですね。
山口: そうなんです。しかも、そのプロセスが本人には見えない。「自分で選んだ」という感覚はあるのに、実はアルゴリズムが見せたものの中から選んでいるだけ、という状況が生まれているんですよ。これはブランディングにとって、ものすごく大きな変数になっていて。どれだけ丁寧にブランドを育てても、アルゴリズムが「このブランドをこの人に見せない」と判断したら、届かないんですよ。
八木: それは怖い話ですね。ブランドを育てる努力と、アルゴリズムに乗るための努力が、別々に必要になってきているということで。
山口: そうなんですよ。ここで「AIに任せた方が良い領域」と「人間が考えるべき領域」の話が出てくるんですが、僕の整理では、AIが圧倒的に得意なのは「パターンの最適化」なんですよね。どの時間帯に誰に何を見せると反応率が上がるか、どのキーワードでどんな広告文を出すと効率がいいか——これはもう人間がやる必要がないくらい、AIの方が精度が高い。
八木: デジタルマーケティングの実務的な部分はAIに任せた方がいい、ということですね。
山口: はい。一方で、「このブランドは何のために存在するのか」「誰のどんな感情に届けたいのか」という問い——つまりブランドの物語の核心——は、AIには絶対に代替できないと思っていて。AIは過去のデータから「これが刺さるパターン」を学習するんですが、ブランドの本質的な問いに答えるには、データではなく「意志」が必要なんですよ。
八木: 「意志」——その言葉は大事ですね。AIに意志はない。最適化はできても、「なぜそれを伝えたいのか」という人間の覚悟は持てない。

山口: ただ、AIの功罪という観点でもう少し深く話すと、AIがブランディングにもたらしたリスクの一つは「コンテンツの均質化」だと思っているんですよ。今、AIを使えば誰でもそれなりのコピーが書けて、それなりのビジュアルが作れて、それなりのSNS投稿ができるようになった。
八木: 「それなり」が氾濫する、ということですね。
山口: そうなんですよ。AIが生成するコンテンツは、過去の成功パターンの組み合わせだから、どこかで見たような、平均的な表現になりやすいんですよね。その結果、デジタル空間が「それなりのコンテンツ」で埋め尽くされていく。そうなると逆説的に、「明らかに人間が作った、ブランドの意志が宿ったコンテンツ」の希少価値が上がるんですよ。
八木: それは面白い逆転の発想ですね。AIが普及すればするほど、人間が育てたブランドの「らしさ」が際立つようになる、ということで。
山口: はい。デジタルマーケティングの観点から言うと、AIに任せるべきは「配信の最適化」と「データ分析」と「コンテンツの量産」で、人間がやるべきは「ブランドの核心を決めること」と「本当に刺さる一言を考えること」と「予期せぬ感情を動かす表現を生み出すこと」だと思っているんですよ。
八木: 「予期せぬ感情を動かす」——それはまさにクリエーティブディレクションの本質ですよね。AIは「予測できる感情」には強いけれど、「予期せぬ感動」は生み出せない。

フィルターバブルの問題

山口: もう一つ、AIと人間の嗜好の話で言うと、「フィルターバブル」の問題があって。AIのレコメンデーションは、その人が「すでに好きなもの」に近いものをどんどん届けるんですよ。その結果、人の嗜好が特定の方向に閉じていく——つまり、偶然の出会いや、予期せぬブランドとの接触が減っていくんですよね。
八木: それはブランドを育てる側から見ると、非常に深刻な問題ですよね。特に新しいプロダクトブランドや、まだ知名度のない地方のブランドにとっては、「そもそも見てもらえない」という壁が高くなっていく。
山口: そうなんです。だからこそ地方のブランドがデジタルで戦うときに重要なのは、「アルゴリズムに乗る努力」と「アルゴリズムの外にある出会いを作る努力」の両方をすることだと思っていて。たとえばSEOやSNS広告でアルゴリズムに乗りながら、同時にリアルのイベントや地域コミュニティでの体験を通して、「予期せぬブランドとの出会い」を作る。デジタルとリアルの両輪が、これまで以上に重要になっているんですよね。
八木: 「アルゴリズムの外にある出会い」——それはまさに地方のブランドが持っている強みですよね。顔の見える関係、地域のイベント、作り手との直接の接点——デジタルが均質化を進めれば進めるほど、そういうリアルな体験の価値が上がっていく。
山口: そうなんですよ。上級ウェブ解析士として数字と向き合い続けてきた僕が言うのも変ですが(笑)、デジタルを極めれば極めるほど、「数字では測れないもの」の重要性を痛感するんですよね。ブランドへの愛着や、地域への帰属意識や、「この人から買いたい」という感情——これらはデータに現れるのが遅くて、でも一度根付いたら最も強い競争優位になる。

デジタル時代にブランドを育てるために、企業が一番意識すべきこと

八木: じゃあ最後に、デジタル時代にブランドを育てるために、企業が一番意識すべきことをそれぞれの視点から言うとしたら?
山口: 僕はデジタルマーケティングの立場から、「データは羅針盤にするが、ブランドの舵は人間が握る」ということだと思っています。AIやデータが示す最適解は、あくまで「過去の延長線上の最適」であって、ブランドが目指すべき未来の方向とは必ずしも一致しない。データを活用しながらも、「このブランドはどこへ向かうのか」という問いに答えるのは人間の仕事だと思っていて。
八木: 僕はクリエーティブの立場から、「デジタルが速くなるほど、ゆっくり育てることへの覚悟が問われる」ということを言いたいですね。デジタルは全てを高速化する。反応が瞬時にわかって、トレンドが日替わりで変わって、競合の動きが丸見えになる。その環境の中で、「うちのブランドはこれだ」と言い続けることの難しさは、以前より増していると思うんですよ。でも、その高速の流れの中でぶれずに育て続けたブランドこそ、デジタル時代に本当の意味で強くなれると思っていて。

山口: 「速い時代に、ゆっくり育てる覚悟」——それはデジタルマーケティングと、ブランディングが本当の意味で一体になったとき初めて実現できることですよね。今日はそれを改めて言語化できた気がします。ありがとうございました。
八木: こちらこそ。デジタルの最前線にいる山口さんと話すと、ブランドを育てることの意味が、デジタルの時代にむしろ深まっているということを実感できました。ありがとうございました。

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