電通西日本のクリエイティブチーム統括を経て、現在は香川大学特命教授として地域・産官学連携に尽力されている八木泰介氏。
長年のキャリアを通じて一貫して語る「ブランドは作るものではなく、育てるもの」という哲学は、現代の企業経営において何を意味するのでしょうか。持続可能性、社員の幸福、そして強いブランドの基盤となる「ファクト」という多角的な視点からその真髄を深く掘り下げます。

成長の秘訣は、ブランドを「生きた信頼関係」として捉えること
インタビュアー: 八木さんの長年のキャリアを通じて、ブランドに対する考え方はどのように変化しましたか?特に「ブランドは作るものではなく、育てるもの」というお考えの真意からお聞かせください。

八木氏: かつては短期的なプロモーションや華やかなキャンペーンでブランドが確立できると考えられがちでしたが、それは誤解です。ブランドとは単なるロゴや一過性のキャンペーンではなく、「企業と生活者、そして社会との間に築かれる生きた信頼関係」だと捉えています。信頼関係は一夜にして完成するものではありません。だからこそ短期間で固めてしまうものではなく、命あるものとして愛情を持って接し、「長期的な視点と一貫性」を持って育てていく必要があるんです。
第1章:ブランドを育てる「土壌」と「水やり」〜社内への浸透と社会性〜

インタビュアー: 企業がブランドを強く育てるには、まず社内の土壌を整える必要があります。ブランドの一員であることが「社員にとって幸せなこと」となるために企業はどのような文化を作るべきでしょうか?
八木氏: 多くの企業は外部への発信ばかりに力を入れますが、実はインナーブランディングこそがブランドの生命線、つまり土壌です。社員が自分の仕事に心から誇りを持てることが全てです。
企業理念が単なる壁の飾りではなく、日々の判断基準や行動指針になっているか。私たちはクリエイティブを通じて、社員の皆さんが持つ「この会社で働く意義」を言語化し共感を深める手助けをしてきました。社員一人ひとりがブランドの「体現者」となるための教育と文化を築くことが、外部への発信力よりも何よりも大切です。
インタビュアー: 時代の流れとして環境負荷や社会への貢献といった視点は欠かせなくなりました。ブランド価値を高めるために、この社会性をどのように戦略に組み込むべきでしょうか?
八木氏: 今、生活者は企業の倫理観を厳しく見ています。もはやブランド価値は、「どれだけ環境に負荷をかけずに、地域や社会にとって欠かすことのできない存在になっているか」で決まります。「持続可能性」を単なるコストや義務ではなく、「最も強いブランド価値の源泉」だと捉えるべきです。社会にとって意味のある存在であることが競合との差別化を生み出し、ブランドを長く生きながらえさせる「水やり」になります。真摯な社会への取り組みこそが最も説得力のあるコミュニケーションなのです。
第2章:ブランドの芯を強くする「ファクトベース」と「個別戦略」の重要性
インタビュアー: 強いブランドを育成する上で、八木さんが特に重視されているアプローチは何でしょうか?情緒的な訴求が先行しがちな現代において、欠かせない考え方についてお聞かせください。

八木氏: 重要なのは、「ファクトベースの考え方」と「個別戦略の徹底」です。
まず、ファクトベースブランディング。もちろんエモーショナルな訴求も必要ですが、「芯の強い、揺るがないブランド」に育てるためにはその土台に「事実(ファクト)」がなければなりません。「事実を置き去りにして感情に傾倒しすぎる」とメッキが剥がれた瞬間に信頼を失います。
そして、それに付随して強調したいのは全てに当てはまる方程式は存在しないということです。ブランドは一つとして同じものはありません。企業文化も、歴史も、市場の立ち位置も、抱える課題も全て違います。だからこそ、「そのブランド固有の課題や目的を徹底的に考察」し、「それぞれに合った育て方を考える」ことが極めて重要です。私たちのクリエイティブは、この個別最適な「育て方」を見つけることから始まるのです。
無形資産としてのブランド価値と財務効果の実際

インタビュアー: 経営者にとって最も気になるのは、ブランド育成への投資が「財務的に見て本当に収益が見込めるのか」という点です。ブランドという無形資産は、具体的にどのように収益に結びつくのでしょうか?
八木氏: ブランドが育つということは、まず支えてくれるファン(顧客)が増えるということです。このロイヤルティの高いファンは価格に左右されません。その結果、企業は消耗戦である価格競争から脱却でき、顧客生涯価値(LTV)が増加し、競合よりも高いプレミアムな設定が可能になる。
さらに、ブランドへの共感は、関わる人全てを巻き込む求心力になります。社員はそのブランドをより深く理解しようと努力し個々の成長に繋がる。また、協力会社の皆さんもそのブランドを成功させたいと強く思うようになり、「協力体制という関係性そのものが強固な資産」となります。この結果、指名検索が増えることによる広告効率の向上や、不況時にも顧客が離れにくい財務的な安定性がもたらされるのです。
インタビュアー: 地域企業が限られたリソースの中でブランドを育て財務的にも成長していくために、まず注力すべきポイントは何でしょうか?
八木氏: 地域企業の強みは、その「真の個性」がリアルで具体的であることです。地域には全国に誇れる技術や歴史、そして熱意を持った人々がいます。これら地域にしかない魅力を徹底的に掘り起こし、それを磨き上げること。あれこれ手を広げず、「地域ならではの信頼性」を最大の資産として、「一点集中」で深く発信していくべきです。その深さと誠実さこそが、全国規模の企業には真似できない費用対効果の高い強みになります。
未来のクリエイターと経営者へ
インタビュアー: 最後に、未来を担うクリエイターとブランドを育てる責務を負う地域の経営者へ、八木さんが最も伝えたいメッセージをお願いします。

八木氏: クリエイターも経営者も、常に「聞く人」でありなさい。社会の声を真摯に聞き、「長期的な視点」を持ち続けること。そして、感情的な訴求に流されず、「ファクトという揺るぎない土台」の上に、「そのブランドに合わせた個別戦略」を築くこと。社員の幸福と社会への貢献を「成長のエンジン」にする覚悟を持って、共に地域の価値を高めていってほしいと願っています。
総括(インタビュアーより)
本日の八木氏へのインタビューを通じて、「ブランド育成」が単なるマーケティング活動ではなく、社員の幸福、協力会社との信頼、社会への貢献、そしてファクトに基づいた財務的な持続可能性を統合する「経営戦略そのもの」であることを深く学びました。
八木氏の語る「ファクトベースブランディング」と「個別戦略の徹底」の重要性は情報過多の時代において、企業が本物の信頼を築くための羅針盤となるでしょう。これからの時代の企業経営とクリエイティブのあり方を示す重要な指針ですね。


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