万野氏は公認会計士として大手企業の監査業務を経験したのち、より現場に近い経営課題に向き合いたいという思いから地元・関西を拠点に活動を開始。
特に大阪には製造業や老舗企業など、潜在力を持ちながらも再生や承継に課題を抱える中小企業が多く、「数字の改善だけでなく、事業を前に進める支援がしたい」という信念のもと、企業再生・経営改善の実務支援に力を注ぐようになった。万野氏に企業再生のカギとなるものは何なのか?を聞いてみた。

1.企業再生に必要なのは「財務再建」だけではない
インタビュアー:まず、万野さんが現在取り組まれているお仕事について教えてください。
万野:いわゆる企業再生です。そう言うと、多くの方は「債務整理」や「資金繰り改善」といった財務的なリストラクチャリングをイメージされると思います。もちろんそれも大事なのですが、現場で支援していると、再生が必要な企業の9割以上は、そもそも売上が下がっていることが根本原因なんです。
財務を健全化しても、売上が上がらなければ、数年後にまた同じ問題が再発してしまう。
そう考えると、再生の本質は「数字の調整」ではなく「事業そのものの立て直し」にあります。つまり、マーケットにもう一度向き合うこと。顧客との関係を再構築することが、本当の再生に必要なんです。
売上を上げる「マーケティング思考」の必要性

インタビュアー:会計士の方が「マーケティング」という言葉をここまで重視されるのは少し意外です。その意識の変化にはどんな背景があったのでしょうか。
万野:私自身、これまで数多くの企業支援を行ってきましたが、資金繰りを立て直した後に「で、次はどうやって売上を増やしますか?」と聞かれると、正直すぐに明確な答えを出せないことが多かったんです。
経営者の方々は、数字の管理だけではなく、「売れる仕組みを一緒に考えてくれる存在」を求めている。
その中で、自分自身もマーケティングの知識を体系的に学び直す必要を感じ、大学院で経営戦略やマーケティングを改めて勉強しました。
学びを通して感じたのは、マーケティングとは単なる販促や広告ではなく、顧客が価値を感じる仕組みそのものを設計する思考法だということ。
財務とマーケティングは対立するものではなく、むしろ両輪で企業を動かすものだと今は確信しています。
小規模企業こそ「統合マーケティング(IMC)な発信」を意識せよ
インタビュアー山口氏が提唱する「IMC(統合マーケティング・コミュニケーション)」という考え方に、万野氏も強く共感する。

インタビュアー:私はこれまでIMC(統合マーケティング・コミュニケーション)をテーマに研究していますが、地方企業こそIMCの考え方が重要だと感じます。万野さんはどのようにお考えですか?
万野:まったく同感です。IMCとは、広告やPR、SNS、接客対応など、すべての顧客接点を一貫したブランドメッセージで統合するという考え方ですよね。
地方企業では「うちはそんな大層なものはできない」と思われがちですが、実は逆なんです。
小規模だからこそ、社長の想いや価値観を全方位に統一して発信しやすい。社長が自ら顔を出し、現場の声を届けることで、顧客との距離が一気に縮まるんです。
一方で、大企業になるほど部署ごとに分断が起きやすく、IMCを意識しなければメッセージがバラバラになってしまう。
中小企業こそ「統合された発信」が自然にできるポテンシャルを持っています。
マーケティングとは「顧客価値を創り、伝えること」

インタビュアー:大学院で学んでみて、マーケティングに対する考え方はどう変化しましたか?
万野:学ぶ前は、正直「マーケティング=売るための工夫」くらいのイメージでした。
でも今は、「マーケティング=顧客価値を創り、それを伝えること」だと捉えています。
たとえば、素晴らしい商品を作っても、それを顧客が“自分ごと”として理解できなければ意味がない。
だからこそ、顧客が何を感じ、どんな価値を求めているかを探るリサーチ力が重要です。
広告はあくまでその価値を“伝える”ための手段にすぎません。
顧客にとっての価値を定義し直し、それを一貫したストーリーで伝える──。
これが、いま企業再生に最も必要なマーケティングの本質だと思います。
中小企業に足りない「社内マーケティング機能」まずは社長がCMO
インタビュアー:中小企業では、マーケティング部門が存在しないケースが多いですよね。どう対応すべきだとお考えですか?
万野:確かに、私が関与している企業の多くでは「マーケティング担当者」という役職自体が存在しません。
でもそれでいいんです。**最初のCMO(Chief Marketing Officer)は社長でいい。
社長自らが発信し、顧客と対話することからすべてが始まります。SNSでもイベントでも構いません。自社の声を顧客に直接届けてみる。その反応が次の経営判断の材料になります。
そして、ある程度の成果が見えてきた段階で、社内にその役割を引き継ぐ人材を育てていく。
このステップを踏むことで、マーケティングが「外注の仕事」から「企業文化」に変わっていくんです。
外部が答えを出しても、社内が育たなければ意味がない
インタビュアー:コンサルティングという仕事の本質については、どのようにお考えですか?
万野:私はコンサルタントの役割を「教育」だと思っています。
外部の人間が関与している間だけ成果が出ても、いなくなったら元に戻るようでは意味がありません。
「最終的には、顧客企業自身が考え、行動し、改善できるようになること」
これこそが本当の再生支援だと思います。
そのために必要なのは、伴走型の支援です。
「これをやってください」という指示ではなく、「なぜそれをやるのか」を一緒に考える。
正解を与えるよりも、“考え方の型”を育てることを意識しています。
未来への展望──“社外CFO”としての挑戦

今後のビジョンを問うと、万野氏はこう答えた。
「財務だけでなく、マーケティングや人材、そしてAIを掛け合わせた“社外CFO”として、経営の伴走者になりたい。」
CFOはもはや数字を見るだけの存在ではない。企業の成長ドライバーを見極め、CEOの意思決定を支える戦略的パートナーであるべきだ。
財務を軸にしながらも、マーケティングで“攻め”、AIで“支える”。
それが、地方企業の未来を変える新しい会計士像だと万野氏は語る。
インタビュアー

リージョングロースパートナーズ株式会社
Marketing Director 山口ユウジ (YAMAGUCHI Yuji)
上級ウエブ解析士
「地域にこそ正しいマーケティングを」モットーにインターネット広告、SNS運用サポート、CRMといったフルファネルでのマーケティング支援が専門。大手アパレル企業のMD職を経験した後、地元広島でもマーケティングの仕事ができることを求めて2003年(株)電通西日本入社。大手移動体通信のプロモーションを約10年担当し(株)電通や(株)電通デジタル・ネットワークスへの出向も経験した後、電通西日本のデジタルビジネス部門の黎明期を牽引。自らの知見が地域創生の一助になることを目指し2019年デジタルマーケティングイノベーションラボ(株)を創業。地元企業のEC支援やメディア企業のデジタルマーケティング強化の支援を行っている。趣味はカープ観戦、旅行。尊敬する人は小林一三翁。
【編集後記】
地方には、良い技術や魅力的な商品を持ちながら「知られていない」というだけで埋もれている企業が数多くある。
万野氏の話からは、そうした企業に「数字の裏側にある物語を取り戻す」ためのヒントが見えてきた。
財務とマーケティング、その両輪を回せる人材が増えれば、地方経済は確実に変わる。



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